[乙川再考]まちなかの自然と暮らす

掲載号: りたらしい 96 号
発刊日 2019年1月

 私たちは自分が暮らすまちのことをどれほど知っているのでしょうか。

 かつては自分たちの地域を取り巻く環境や文化、風習を知らずして、暮らしは成り立ちませんでした。しかし今ではそういったことを知らなくとも、何不自由なく過ごすことができます。ただし、身の回りのことを知らなくてすむ代わりに、人々のつながりが希薄になっていたり、少しずつ災害リスクが大きくなっていたり、自然環境や生態系の変化に気づきにくくなっていたりします。

 暮らしの中で目にする動植物の一つひとつは固有の種ですが、私たちは単に「鳥」「虫」「魚」「草」としてしか認識していないことが多いのではないでしょうか。それは、「人間」を「哺乳類」として認識しているのと等しいと言えます。

 逆に私たちがまちで出会う「鳥」や「魚」が何であるのか関心を持つと、その生態や特徴から背景にある環境の豊かさやありがたみを実感することができます。

 今年で3年目を迎えた「おとがワ!ンダーランド」は、そんなことを教えてくれる場となりました。

私たちが「持っているもの」を知る -川がつないでくれるもの-

 2016年に始まった「おとがワ!ンダーランド」は、昨年度までの2年間の社会実験を経て(1年目、2年目の概要については本誌82号、89号を参照)、実施主体が岡崎市から「おとがワ!活用実行委員会(代表:井上 徹さん|サイクルぴっとイノウエ)に移り、りたは引き続きおとがワ!ンダーランドの事務局を担っています。

 1年目は、7月下旬から9月上旬までの1か月半に集中的にプログラムを実施し、天候や増水リスクなど、河川敷ならではの特性を踏まえ、市民主体でどのような使い方ができるかを試すと同時に、水辺活用の担い手発掘を図りました。2年目は、実施期間を約半年間(7月下旬~1月下旬)に広げることで、プログラムに適した時期を選んでもらえるようになり、プログラム間の連携や、朝市、ナイトマーケット、星空観望会など、月に1回以上行われる定期プログラムが生まれました。

 今年度、民間主体に移行したとは言え、経済的にはまだ公的支援がなければ、水辺活用の啓発・促進、プログラム実施者の窓口および企画サポートなどの業務が成立しません。そのため、将来いかにして経済的にも体制的にも自立した仕組みが構築できるかが、活用実行委員会として主要なテーマとなっています。

3年間の実績比較表

 3年目の成果を数字で見ると(上表)、実施団体数・プログラム数共に減少しているものの、実施日数、総来場者数、売上は増加しています。これは、単体で集客が難しいプログラムは、ナイトマーケットなどの複合プログラムに集約されたり、実施を断念されるなどして適性化が進むと同時に、現存プログラムの認知度が上がったり内容が充実したことにより集客力が高まった結果と捉えることができます。

乙川の夜の風物詩として定着してきた第4土曜日の「乙川ナイトマーケット」
毎月第2土曜の「おとがわリバークリーン」
水源地・額田の薪で火をおこし、乙川の上流の水で育てられたお米を食べる炊飯体験(みんなのおとがわ)
 

鮎の往来する通り道

 今年度から1年間を通して乙川河川敷を使えるようになったおかげで、乙川には季節に応じていろいろな表情や魅力があることがわかってきました。

 乙川の水位は、矢作川に合流する前の堰(乙川頭首工)によってコントロールされており、ゴールデンウィークあたりから10月初旬まで(年によって若干変動あり)農業用水として乙川の水を使うため、堰を閉めて水位を上げています。10月に入ると、鮎の産卵期となり、竹橋付近で孵化した鮎の稚魚が海を目指して下っていくため、堰が開放され、再び鮎が川を遡上する4月まで水位が低くなっています。

 10月に入り水位が下がった乙川で清掃をしている際に、ふと「鮎のために水位が下がっているということは、この場所を通っている鮎が見られるかもしれない」と思い立ち、集まった有志で目を凝らして探したところ、数百匹はくだらない鮎の稚魚らしき魚影が確認できました。聞けば、鮎は孵化して3日以内に海にたどり着けないと死んでしまうとのこと。産卵場所の竹橋あたりから三河湾の河口までは約25㎞。1㎝にも満たない体で1日8㎞以上移動しなければならない計算です。ただでさえ見過ごしてしまいがちですが、その存在に気がつけたとしても、「鮎」ではなく「魚」としてしか認識できなければ、この生命のドラマに思いを馳せることはできません。

乙川ならではの使い方から価値を見出す

 私たちがこれまで水上アクティビティができない「オフシーズン」と捉えてしまっていた水位の低い秋の乙川は、鮎の生態を知り、乙川の上流と下流のつながりを実感できる絶好の環境学習の場であることが「発見」されました。ほかにも、露出した砂地が子どもにとって格好の遊び場になること(表紙写真)も新しい気づきでした。このように、乙川は単なる活動のフィールドだけではなく、乙川がつなげる自然環境や農林水産業とのつながりといった目に見えにくい価値が見出されてきたのが3年目の「おとがワ!ンダーランド」でした。

 10月に乙川の水位が下がると、それを見た人たちが「ああ、もう鮎の産卵の季節か」と気づき、紅葉を見て秋の訪れを確かめるのと同じように、乙川に鮎の稚魚を見に行って季節を感じると共に、自然のつながりなど、自分たちが持っているもののありがたみを知る…。私たちが取り巻く環境の持続性を考える上で、水辺空間を活用することで必要な活動資金を「稼ぐこと」と同時に、その場所ならではの価値を見出し、共有し、皆で大切にしていくことが必要だと考えています。

 こうした価値を伝え、高めていけるような使い方を、乙川を活用する皆さん、訪れる皆さんと広げていきたいと思います。